第四章


最近の海外のオークションでは会場に早く入った順に番号札を渡されその番号でビッドしますが、その当時は番号では無く顔と名前でビッドするシステムでしたので彼らオークション関係者と私達バイヤーの間にはとても親近感が有りました。

 オークションの責任者や落札時にハンマーを叩く人(Auctioneer)ともちょくちょく食事に行くようになって判ったことですがサザビーズやクリスティーズに勤めている人達はほとんどの人が家柄が大変よろしく、一生食べていけるだけの資産があるとのことでオークション責任者でも月給は日本円に換算すると15万円位とのことですから決して生活のために働いているわけでは無くいわゆる名誉職に近いと言えます。
 それ故、買収は不可能!不正が発生しにくい環境と言えます。

 私などは、どうしても欲しい楽器の場合はオークション責任者に対して私が入札したらハンマーを少し早めに叩いてくれるように頼んだりはしていましたが、早く叩いてくれたという実感もあまりわきませんでした。

 オークションは基本的に本番が1日でその前日と前々日がプレビューです。
 そのプレビューの2日間に皆、ロットナンバー順に並べてある楽器を見て、触って、試奏して品定めするのですが。
(出品されている楽器でセットアップされてて試奏出来る状態なのは1割程度です。)
 当然、小売店の方は自分が興味を持った楽器しか手に取りませんが卸売り業の私の場合は、普通誰も興味をを示さないような楽器でも品揃えのために落札しなければならないということで左手にカタログ、右手にメジャー、口にボールペンをくわえプレビューの2日間(各10時~19時)で全ての楽器(平均500)のサイズを測り品定めをするのですが、それは大変過酷な作業でした。
(1本あたり2分かけると500本x2分÷60=16、6時間です。)

 そしてライバルとの競争はすでにプレビューから始まっています!!
 そこでは皆、相手を出し抜いて、自分が安く落札出来るように行動します。
 バイヤー達は皆顔見知りですから、誰がどの楽器に興味を示すかは一目瞭然です。
 この楽器は、あのドイツ人バイヤーと競合すると思えばロットナンバー208番のその楽器をドイツ人が1番から順番に見ていき200番位に差し掛かったときに10番~20番辺りに紛れ込ませライバルにその楽器の存在自体を気づかせないのはごく当たり前のことでした。

 絶対に買わなければならない楽器などの場合は演奏家を雇いずっと試奏させて誰にも見せないし触らせないという方法もあります。

 当時の私にとってどうしても欲しい楽器とは日本に持ち帰った時に買い手が引く手あまたのものです。

 絶対に買わなければならない楽器とは、参考にする為の楽器です。

 楽器の真贋を見極めるのに一番良い方法は、間違いの無い本物を1本所有することです。

  例えばストラドを何本も扱ったことがある業者の記憶よりもストラドを現在所有している人が自分の所有している本物のストラドと見比べたほうが簡単なおかつ確実に判別出来ます。

 ちなみに私の場合ストラドを扱った経験はもちろんありますが所有したことはありませんので上記の絶対買わなければならない楽器とはストラドではございません。
というより絶対に買わなければならない楽器なのかも知れませんが絶対に買えなかった楽器がストラドでした。
(拙文申し訳ございません。)

 日本の方にはあまりなじみが無いと思いますが私がイギリスのオークションで一番参加していたのはフィリップスです。
 サザビーズ、クリスティーズが年に3回なのに対してフィリップスは年10回ですから当然行った回数は一番多くなりました。

 フィリップスは他のオークションと比べると高級な楽器は少ないのですが、そこではとても融通がききました。
 翌月のオークションに出品される楽器を前もってこっそり見ることも可能でしたし来月は多忙のためオークションに参加出来ない旨伝えると電話代はフィリップスが持つので是非電話で参加してくれと伝えてきました。
 当時、国際電話料金はとても高額で、オークション開催時間中ずっと私と電話を繋ぎっぱなしにしていたフィリップスの出費は1日あたり20万円位だったと思いますが当時私はフィリップスの全出品数の約1/3(ロットナンバー600までとすると1~200まで)ほどの楽器を買っていたので、例え20万円かかってでもフィリップスとしてはOKだったのでしょう。

 といっても粗悪で売れないものも多かったので弓1束20本を買っても使えるもの1、2本を残しそれ以外は捨てることも多々有り結果的にサザビーズより高い買い物になることも・・・

 やがて年が経つにつれオークションでの戦いは苦しいものになっていきました。
 落札出来ないことや、非常に高い値段で落札せざるをえなくなりました。

 強力なライバル(ジャパンマネーを持った日本人)が大勢現れたのです。

 それからはどこのオークションでも常に日本人同士の無駄な争いになりましたがいつのまにか、誰ともなしに話し合いで落札者を決めていく方向に向かいました。
 別に日本国内での公共工事では有りませんので何も問題は無くそうすることはごく当然のことですが私はイギリスのオークションに次第に魅力を感じなくなり心はそこから離れていきました。

----つづく